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PCの廃棄熱に負けずに28℃を維持しようと奮闘する冷房の空気にいい加減絶えかねた俺は昼下がりの公園に足を向けた。
例の小説を持って。
わざわざ真夏の太陽に照らされようと言うのに読書はないんじゃないかと自分でも思うのだが、そこは習性みたいなものだと思ってほしい。昼下がりに生ぬるい風を受けて木陰で読書ってのもなかなか気持ちがよかったりするのだ。

平日の午後ということもあってか、わりと大きな湖とそれなりに広い施設を持つ近所の公園にはサッカーをする大学生の集団以外には夏休み真っ盛りの小学生が釣竿を持って自転車にまたがる姿しか見当たらなかった。日当たりを避けるために目をつけていた屋根付きのベンチはどれも空いていた。
俺は早速わりと人気の無い一角のベンチに腰を下ろし、コンビニで調達してきたペットボトルの清涼飲料水片手に本に目を通し始めた。決して涼しくはないが人工的な風に比べればはるかに心地良い風を感じながら、俺は小説に没頭した。


座り心地のよろしくない公園のベンチに姿勢をころころ変えることで抵抗しながら本を読むこと1時間と数十分。そろそろ中盤に差し掛かり栞を挟もうかといったところで、目の前に白い影がよぎった。
後悔先に立たず。後から考えると見なければよかったなどと勝手なことを考えたりできるのだが、本に熱中するにも限度があり、そろそろ気疲れしていたころだったので否が応にも目が行ってしまった。

白いおじいちゃんだった。

ご本人の尊厳のためにも念のため注釈しておくが、どこにでもいそうなおじいちゃんだったのだ。白い袖なしランニングシャツに白いももひき、麦藁帽子をかぶってピンク色の自転車にまたがったおじいちゃん。それだけだけなら別に何ということも無く、ちょっと目を引く格好の人がいるなと思っただけで視線を文面に落として終わりだったのだ。
そう、そのおじいちゃんが俺の目の前で服を脱ぎださなければ!


さすがにちょっと驚いた。上半身裸になったおじいちゃんを気が付かれない程度に視界に収めて観察していたが、何のことはない。俺の目の前に鎮座している公園の水道を見れば何がしたいかは一目瞭然である。まぁ、暑いしね。
腰を屈めて水浴びをするおじいちゃんの背中を見ながら、ペットボトルに手を伸ばした俺の顔は傍から見たら軽い仏頂面だったに違いない。

昼下がりの公園のまったりした空気をぶち壊されてしまった俺は(おじいちゃんに悪気がないのもおじいちゃんが悪いというわけでもないのもわかっているが)止めようとしていた読書を再開した。
なんとなくその場を離れるのは躊躇われたから仕方無い。人が来たとたんに席を立つっていうのも少し気分が悪いじゃないか。

まぁ、ここで席を立っても別に良かったんじゃないかと後からなら考えたりできるのだが、そのときはそう考えてしまったのだ。後悔先に立たずその2、である。

水浴びを終えたおじいちゃんが次に何をしだしたかと言えば、俺の座っているベンチの隣のベンチに座ってなんだかご老人らしくない週刊誌的な装丁の雑誌を読み出していた。


さて、俺が日記を書き始めたのはこの時点からだ。さすがにちょっと気になってきたのでおじいちゃんの観察日記を携帯でつづり始めた。ちなみに、ここまで書き上げた時点でおじいちゃん、終始無言である。今気付いた。堰のひとつもしなかったんじゃないだろうか。独り言をぶつくさ言われるのも気になるが、無言だろうと気になるのは一緒だった。
まぁ、自分でも馬鹿なことをしていると思う。たぶんこの日記詳しく全文読んでくれる人はほとんどいないんじゃないかとも思う。
少なくとも俺なら流し読みする。この文字数の日記を見たら、マウスのスクロールをちょっとずつ回転させながら目に付いた単語だけで大方の話を理解しようと試みる。
実際人の日記でそうしてる。ゴメン、皆。

さて、親指が疲れる文字数になってきた現在までおじいちゃんはずっと雑誌に目を落としている。
横目で見ている感じ、膝の上に雑誌を置いて雑誌に書いてあることを実践しようとしているようだ。
何かのハウツー本だろうか。その割には表紙が派手だった気がするが、その雑誌が何物かを判別するほどはっきりそちらを見る勇気は俺には無い。

できればおじいちゃんの動作から何がしたいのかを判断したいところだが、ラジオ体操の「腕を軽く振り体を左右にねじる運動」の大きくねじったところで止めた姿勢(多少やる気が無くてひじが曲がっているとなおよし)で静止されても何の動作だか判断しかねる。少なくとも俺にそんな体勢を要求されるスポーツの類の知識はない。
強いていうならゴルフが近いが、クラブを握っているフリにも見えない。どなたかそういった姿勢に心当たりがあればご一報願いたい。


あ、おじいちゃん立ち上がった。
そのまま上着を着て(さっきまでももひきだけだった)自転車にまたがり何処へと消えていった。
小説読んでいる俺も俺だが、一体何をしに来たのか。


誰もいなくなり、光る水面を見つめる俺はコントで滑った相方を見つめる芸人のような顔をしていた。

再び手を伸ばしたペットボトルはなんとも言えない生ぬるさだった。
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なんだか、警官が10mに一人いる物々しさ。そんな11月14日の夜、京都の町。

さすがです、ブッシュ大統領。


さて、ちょっと用事があったので、京都市バスに乗車。京都駅から東山通りを通っていくルートのバスでした。

利用した方はわかると思いますが、京都市バスの後ろから2列目は2人掛けの席。その窓側に座っていたのですが、途中席を立ったおじいさんの代わりに隣の席に座ったのは外国人さん。
観光地京都のバス内ではさして珍しい光景ではなかったので、ちら見しただけで読んでいた本に目を落とした私でした。

どこだかのバス停で自然と立ち上がった外国人さん。乗ってきた乗客2,3人と入れ替わりにして、入り口から下車。

そのまま自然な感じにバス後方に歩いていった外国人さん。




疑問に思うのにちょっとした間が必要だったくらい

ドアが開いたのだから、出れるのが当たり前という感じで

違和感の欠片だけを残して


自然に降りていったアレは、無賃乗車と言うのではないか、と


そんな秋の夜長の京都市バス。あれが日本人なら、ダメじゃんとか思えるのだけど、外国人だとなぜか仕方ないような感を否めないロジック。
外国のバスは乗るときにお金を払ったりする場合もあるみたいですが、そんな感じだったんだろうか。
2005.09.12 えぇやん
葦原わらじさんところのブログまたたび工房の閉鎖を記念しまして






合掌( ̄人 ̄)
2005.08.13 奇怪体験
なんか、奇妙な体験をしてしまいました。


寺参りに行くために車を運転していたんですが、なんだか前方車道が怪しいんですよ。前の車が前方に障害物も見えないのに次々と斜線変更してるんです。何かと思っていたら、車の影から人がフラフラ歩いてきてるんですよね。危ない足取りで車道をこっちに向かってくるんです。前の車はみんななんとか避けて通ったのですが、どうもその人車に抱きつこうとしているようで、急に車に向かって行くし、行動が読めなかった(というか、私ではどうも避けられそうになかった)んで停止。そしたら、案の定といいますか、私の運転していた車のボンネットに抱きついてきまして。離れないんですよ。
えぇ、そりゃもう、ワイパーなんかしっかり握りしめてぴくりとも。

前を走っていた父は「あ、取り付いた!」って感想漏らしたそうですが、まぁ、あながち間違いでも・・・

後から聞いた話、その人精神異常者だったらしいのですが、付き添いの人とうちの母さんが無理矢理引っぺがして路上に寝かせました。その間、車を動かすわけにもいかず、主要道路のど真ん中で立ち往生していたのですが、救急車を呼び、なんとか車を路肩に移動。

いやはや、車道のど真ん中でウィザードランプ点滅させて動かない車と、よく見るとその前方で倒れている女性。

どう見ても私が轢いたようにみえますよね。

そりゃもう、後ろから来る車、前から来る車、すべての人の視線がそんな感じで降り注いでいました。
人をはねたくせに、運転席でふんぞり返ってい(るように見え)た私は無責任野郎にでも見えたんでしょうかねぇ。あの場合、なんとか早めに車動かしたかったんで、外にはでれなかったんですが(^_^;;)
ちなみに、完全に停止していたので接触事故にはなりません。そのことを見てた人が救急車を呼び、私はもう行っていいよと言ってくれたので、その場を離れることに。まぁ、車邪魔だったんで。

その後どうなったかはわかりませんが、付き添いの人と少々話をしたらしき母からの情報では、どうも家から歩いて外に出てきてしまったらしく、その時付き添いだった妹さんも困り果てていたような感じだったそうです。そういえば、裸足でしたし、妹さん、困ったような怖がるような顔をしていました。この場合、誰が悪いとも言えないんで警察は呼びませんでしたが、身内の方、大変なんでしょうね。私からはなんとも言いがたいものがあります。

二度とこんな体験したくはありません。普通に怖かったです・・・
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